詳細プロフィール

WEll MOTHER 代表
鈴木 萌子(すずき もえこ)

1984年1月18日生まれ。
愛媛県出身。

 

はじめまして。WEll MOTHER 代表の 鈴木萌子 と申します。

育児ストレスに悩むお母さんに、 セルフセンタリング という自分を満たす方法を教えています。

 

私自身も小さな子どもを持つ母親です。

子育てをしていると、思いがけないトラブルやアクシデントも沢山ありますが、自分を責めたり育児ストレスを感じることなく毎日楽しく過ごしています。

子どもとの時間も自分の時間も充実しています。

 

こういう話をすると、

「この人はもともと、とてもポジティブなのでは?」

「とても能力が高いのでは?」

「とても恵まれた育児環境だから自分の時間が確保できているのでは?」

と思う人もいるかもしれません。

 

ですが、私は、過去に摂食障害引きこもりも経験していますし、「特技はものを無くすこと」というくらい抜けています(笑)。

また、ほんの2年前までは、対人ストレスや育児ストレスに悩んでいましたし、自分の時間を確保できずに「夫ばかりずるい!」と思ったりもしていました。

 

このページでは、過去の私がどんな状況にあって、どうやって今の状態にしてきたのかをご紹介します。

 

心を病んでいた時期の記述は、当時感じていた感覚も含めて書いていますので、落ち込んでいる人は飛ばし気味に読んでくださいね。

はっきり言って暗いです(笑)。

 

自由奔放な小学校時代、過剰に人の目を気にする中学校時代

小学校時代の私は自由奔放な性格で、男の子と間違われることも多かったです。

自由奔放すぎて周囲から白い目を向けられる機会が多かったので、中学生ぐらいからは過剰に人の目を気にするようになりました。

 

高校では、常に周りから浮いていたけど、「自分の中の趣味の世界が充実していれば何の問題もない。」という感じでした。

リア充の同級生を内心どこか見下している、よくいるタイプのオタクです(笑)。

今考えると、劣等感が強くて、人になかなか心を開けない臆病な高校生だったんだな、と思いますが、当時の私は人を見下すことでしか自分を保てなかったのです。

とはいえ、高校の3年間にはそれなりに楽しいこともあったし、趣味の創作が楽しくて仕方なかったのでなんの問題も感じていませんでした。

 

心を病んだ10代~20代

大学進学とともに始まる心の不調

周りから浮いてはいるものの、趣味の世界を持ち、小中高とそれなりに楽しく過ごしてきた私は、大学進学と共に心を病みました。

 

何かきっかけがあった訳ではありません。

 

「行きたかった大学へ進学して、憧れの東京での生活が始まったのに、何故こんなに気持ちが落ち込むのか?」

「これまでお母さんとは友達のように仲がよかったのに、お母さんと話すとイライラして仕方ない。」

「自分に何が起こっているのか分からない。」

 

まさに五里霧中という表現がぴったりの感覚でした。

 

摂食障害とハリボテの”自信”

東京では、道を歩いている人の全員がおしゃれでスタイルよく見えました。

もちろんそれは、私の錯覚です。

東京にはおしゃれな人もおしゃれじゃない人も、痩せてる人も太っている人もいます。

 

でも、劣等感の塊だった当時の私は、
「太っていておしゃれじゃない人間は東京で自分だけだ。」
と感じていました。

当時の私は太っているというほどの体型ではありませんでしたが、「自分は太く醜い」という感覚を強く持っていました。

友達が心配して
「もえちゃんは痩せる必要ないよ。」
と言ってくれる言葉も聞き流して、私は脅迫的なダイエットを続けたのです。

 

脅迫的なダイエットが実を結び(?)、私はガリガリになりました。

 

“醜い脂肪”がなくなり、”理想の体型”になれた私は、ようやく”自信”をもって人と接することができるようになったのです。

 

でも、ガリガリになることでついた”自信”は、あっという間に減っていき、大学3年の頃には人と会うのが怖すぎて外に出ることもできないようになりました。

 

永遠にループする地獄の1日

外に出ることもできないようになった私は、一人暮らしの部屋で1日中テレビを見ていました。

こう書くと自由気ままな生活のように映るかもしれません。

 

でも、当時の私は別にテレビを見たいわけではなく、
したい事が何もないけど、何もしないと気が狂いそうになるのでテレビを見てやりすごすしかない
という状況でした。

その頼みの綱のテレビも、何の興味もない状態で何週間も四六時中見続けていると、全てが同じ内容の繰り返しのように感じてくるのです。

変わり映えのない内容が延々と繰り返される(ように感じる)テレビをボーーーーーーーッと見ながら

「この地獄のような時間が永遠に続くのか…。」

という絶望を感じていたのを覚えています。

 

悪化していく両親との関係と引きこもり

大学3年が終わると休学して、実家に戻りました。

脅迫的なダイエットの反動から過食衝動が出るようになっていたので、休学中は過食で太る→痩せる→太るを繰り返しました。

太っている時は人から自分を見られたくなくて、外に出られなくなりました。

 

心療内科に通ったりしながら休学期間を過ごした私は、大学に戻ってから何とか卒業をしました。

卒業後は東京で就職をしました。

この頃には、両親に対して激しい確執を感じていたので、縁を切るつもりでの就職でした。

 

でも、仕事を始めて3ヶ月も立たないうちに、私はまた外に出ることができなくなりました。

結局、東京を引き上げて実家に帰るしかなくなってしまったのです。

 

両親と決裂するつもりで就職したのに、結局両親を頼るしかない自分に、当時の私は強い失望と嫌悪感を感じました。

 

そこから2年間、私は引きこもっていました。

お風呂に入るのは10日に1回。
繰り返す過呼吸発作。
昼夜逆転の生活。
両親とはすれ違いといさかいばかり…

両親との関係をよいものにしたいという思いはありましたし、両親にもその思いはあったのでしょうが、お互いがお互いを傷つけるだけの関り方しかできませんでした。

 

独学で心理について学ぶ

心を病み、

「なぜこんな状態になってしまったのか?」

「何をどうすればこの状態から抜け出せるのか?」

が全く分からない五里霧中の状況だった私は、何か手がかりになるものはないかといろいろな本を読んでいました。

そんな中で、私は アダルトチルドレン という言葉を知りました。

アダルトチルドレンという言葉は心理学の用語とは言えないのですが、当時の私は「私のこの状態は心理学で説明ができるんだ!」と、五里霧中の中で、進む方向を示す綱を見つけた思いでした。

 

心理について調べれば調べるほど、自分の状況がスッキリと整理されていきます。(これがのちに問題を長引かせる要因にもなるのですが。)

 

 

私は、小中高とそれなりに楽しく過ごしてきたと感じていましたが、本当は家族との間で感じた沢山の「辛い」「嫌だ」という気持ちをなかったことにしていたのです。

大学に進学した私が心を病んだのは、1人暮らしを始めたことで、なかったことにしていた沢山の「辛い」「嫌だ」という感情が一気に噴き出したからでした。

 

 

心理について学んだ私は、自分の状態を理解することができるようにはなりましたが、心を病んでいる状態は続きました。

問題の中にいる人間がその問題のしくみを理解することは比較的簡単ですが、問題の外にどう出るのか?を理解するのは至難の業です。

私は、問題の外の世界を全く知らないので、問題の外へ出るための心理学的な方法を自分の状況に落とし込むことができませんでした。

 

夫との出会い・結婚と出産

引きこもりを終えて働きに出る

実家に2年引きこもった後、私は働きだしました。

とはいえ、精神状態はまだまだ相当不安定でした。

 

毎朝「今事故にあって死なないかなぁ…。」と思いながら通勤していましたし、職場では色々な人と衝突したり、過呼吸が出たりしました。

毎日、仕事帰りにコンビニやスーパーでお酒やお菓子を買い込み、自分の部屋の布団の中でそれらを飲み食いして、酔いつぶれて寝る…という生活でした。

飲み食いした後そのまま寝るので、口の中は虫歯だらけです。

お給料も全て食費に消えました。

 

当時の私は、そうすることでしかストレスに対処できなかったのです。

 

そんな中、私は職場で高校の同級生と再会しました。

彼は、高校の頃、自分の机にかじりついてイラストばかり描いていた私を覚えていてくれて、「秦さん(旧姓)だよね?」と声をかけてくれました。

それが今の夫です。

 

初めての味方・結婚と出産

夫と付き合いだしてから私は2年務めた職場を変わりましたが、何を思ったのか営業の仕事を選び、3ヵ月もしない内に精神状態が悪化して辞めました。

車を買ったばかりでローンもまだあるのに、働くこともできない…。

八方ふさがりのタイミングで夫は私と結婚してくれました。

夫は私のよき理解者でした。

“自分の味方”と思える初めての人でした。

 

そんな人と結婚することができて、2人の生活が始まったのに、私の精神状態は悪化しました。

安心できる場所を得て、これまで貯め込んできた感情が爆発し続けたのです。

 

過呼吸をしながら奇声を上げてのたうち回る。
声が出なくなる。(失声症)
「死んだらどうなるのか?」が頭から離れず、発狂寸前になる…

そんな私を隣で支え続けていた夫は、結婚と同時にゲッソリと痩せてしまいました。(ごめん)

 

そんなある日、私は自分が妊娠していることに気付きました。

今考えると、とても妊娠、出産をする精神状態ではありませんでしたが、当時の私には自分の状況を変えられるものが妊娠しかなく、妊娠に逃げ込んだという感じでした。

 

色々ありつつも、なんとか出産をした私は、子育ての悩みに直面します。

 

次々に出てくる子育ての悩み

出産して子育てを始めた私は、まず自分の時間のなさに戸惑いました。

今までは24時間全て自分のものだったのに、子どもが生まれると、自分の時間は子供が寝ている間だけです。

離乳食が進み、子どもから少し手が離れるようになってきてからは、本当に全く時間がない…という訳ではありませんでした。

 

でも、隙間時間ができたり、夫が子供の面倒を見てくれたりした時に、私がしていたことはスマホでした。

ものすごくスマホがしたい訳ではありません。ただ、なんとなくスマホをしていました。

急に時間ができても、何をしていいのか分からないのです。

縫物など、したい事がある時はある時で、キリがいい所まですることができません。

 

結局、何をしても、「あーーー楽しかった!」と心から満足することができないのです。

でも、当時の私はそれが子育て中にできる自分の時間の使い方だと思っていました。

 

自分で「自分が何をしたいのか?」がハッキリ分かっていなかったから、時間ができても満足度の高い時間の使い方ができなかったのです。

 

「自分はいい母親になれるのだろうか…。」という不安も、頭から離れませんでした。

自分の子どもへの対応1つ1つに対して「これは悪い影響を与える関わり方なのでは?」と確認をしていました。

子育てをしていると、自分を責める気になれば、どれだけでも責められます。

当時の私は何かあるごとに
「やっぱり私には子育てなんか無理だったんだ!こんな母親に育てられる子どもがかわいそう!」
と泣きわめいていました。

 

私は、いい母親になりたい一心で、悩みに直面するたび育児本を読みました。

育児本に書かれていることはどれももっともで、読んでいて「なるほど、その通りだ。」とは思いますが、全く実践できません。

育児本を読んでも、”育児本に書いてあることができないダメな自分”を再確認するだけだったのです。

 

全てが変わったきっかけ

あるブログとの出会い

心理について学び、自分の問題のしくみを理解した私は、
「自分は自己肯定感というものが低いらしい。自己肯定感を上げていきたい。」
と考えるようになっていました。

 

でも、どれだけ調べても、自己肯定感が高いとはどんな状態なのか?が腑に落ちることはありませんでした。

当時の私は、
「できそこないの自分以外はみんな完璧で何の問題もないんだから、自分以外はみんな自己肯定感が高いんだろう。」
くらいの感覚でいましたが(苦笑)、不思議なことに
「あー!この人のこれが自己肯定感ね!」
という感覚を持ったことはありませんでした。

 

その事にどこかで違和感を覚えていた私は、無意識的に自己肯定感を体現している人をインターネットで探していたのです。

 

ある日、私はついに「この人だ!」という人を見つけます。

 

私は、彼のブログの記事を始めから何度も何度も読みました。

今までにない、腑に落ちていく感じがありました。

 

ところが、彼は「憎い人間がいるのなら、許すしかないだろうね。」と言うのです。

それは、親を憎んでいた当時の私が1番聞きたくない言葉でした。

私は、「彼はうちのような親子関係を知らないんだ。」と、彼のブログを読むことをやめました。

 

本気で絶望したある日

彼のブログから離れている間に私は2人目の子を出産しました。

2人目の子が生まれて、上の子はとても寂しい思いをしていました。

 

そんな時に、私がとても冷たい態度で上の子に注意をしたことがありました。

ずっと寂しさを我慢していた上の子は、私に吠え掛かるようにして泣き叫び始めました。

 

今まで見たことのない息子の様子に呆然とする私の横で、夫が
「寂しいんだから抱きしめてやれ。」
と言っています。

夫の言葉を聞きながら、私は
「夫の言う通り、息子は寂しさが爆発したからこうやって私に怒鳴ってるんだろう。」
と考えていました。

でも、私は息子を抱きしめることができませんでした。

「もし、抱きしめて拒絶されたら…?」と思うと、足がすくんで動けませんでした。

私は、息子の私に対する愛を信じられなかったのです。

 

そして、そんな自分に心底絶望しました。

 

「自分を変えるためならなんでもする。」と心から思いました。

 

そして、もう1度、あのブログを読み始めました。

何故か、
「あんな風になっている息子を抱きしめられるようになるには、親を許すしかない。」
という確信が私にはあったのです。

 

とはいえ、「親を許すしかない。」と決めた後も、私はなかなか覚悟を決めきれず、1、2ヶ月悩んでいたように思います。

十数年の間、憎んできた親を許すことを考えると、自分の存在が消し飛ばされそうな恐怖に襲われるのです。

もはや、親を憎むことは私の存在の核になっていたのです。

 

でも、ある日義理の実家でお風呂に入ろうとしている時、「今日、今、この場所でならできる気がする。」と感じ、決断しました。

「私はもう、過去のことは忘れる。」と。

 

自分が変われば世界が変わる

親を許すと決めた日の翌朝の驚きは今でもはっきりと覚えています。

心が軽く、とても自由な感覚です。

長年背負ってきた重荷を捨てたような爽快感がありました。

世界がまるっきり変わって見えました。

「自分に一体何が起きたんだ…?」

 

私は、持ち前の好奇心がうずき、
「自分に一体何が起こったのか?」
「どうすれば
この変化をもっと押し進めていけるのか?」
を知るために色々なことを調べ始めました。

そうして、自分に起こった変化を観察し、調べ、試してみる、を繰り返す中で、セルフセンタリングという枠組みが出来上がっていったのです。

 

セルフセンタリングを実践する日々

自分自身を生きる

セルフセンタリングの枠組みが出来上がっていくにつれて、たくさんの変化が私に生まれました。

毎日がとても充実するようになった。
前向きになった。
精神的な余裕が増えた。
家事や育児の量は変わっていないのに腐らなくなった。
キャパが圧倒的に増えた…

これらの変化は、自分のことを知り、自分と繋がり、自分自身を生きるようになることで生まれたのです。

私は、自分のことなんて何でも知っているつもりでいましたが、私が何かをする時に気にしていたのは、いつも人のことでした。

 

これを言えばこの人はどう思うかな?
こんなことを言ったらこの人は気を悪くしないだろうか?
これをしたらこの人は嬉しいだろうな。
あの発言をあの人はどう思ったんだろう…?

 

人のことばかり見ていた私は、
自分が何を「嫌だ」と感じ、何が好きで、何をすれば喜ぶのか?
ということを分かっていなかったのです。

自分より人のことを優先するために、自分の気持ちは見ないようにしていたという方が正しいかもしれません。

 

いずれにしても、過去の私は自分自身と繋がっていませんでした。

そして、それこそが私の生きづらさ、ストレスの原因だったのです。

 

上手くいかない時も(たくさん)ある

もちろん、今でも余裕がなくなってイライラすることはあります。

以前は、そういう自分を責めていたので、ますます余裕がなくなってイライラのスパイラルから抜け出せなくなっていました。

今は、以前と比べると気持ちを切り替えるのがとても早くなりました。

どんな自分の気持ちも認めているので、気持ちを横に置きやすくなったのです。

 

今でも、親としてどうすればいいか迷う時もあります。

以前は、本やネットで”正解”を探していました。

今は、自分と子どもの間で”自分なりの答え”を探すようにしています。

何がその子のためになるのか、何がその子に合うのかはやってみないと分からないし、「私にはできる範囲でできることをやることしかできない」と前向きに諦めています。

 

今でも、人の目を気にしている時がたくさんありますし、考え方がネガティブな方向にずれていることもあります。

ただ、そういったことは必ずしも悪い事ではありません。

人の目を気にするということは、人の気持ちを思いやることでもありますし、ネガティブな考え方は自分を守ってくれるものでもあるからです。

大切なのは、バランスだと思います。

そのバランスを取るために、私は今もセルフセンタリングを実践し続けています。

ですので、セルフセンタリングはこれからも拡張・改善されていくものだと思っています。

 

理念と願い

受けた恩を送りたい

今回、自分の過去を振り返って、今の生活がどれだけありがたいものかを改めて感じました。

満ち足りた今の生活を、過去の私は夢に見る事さえできませんでした。

そんな生活を私が今送れているのは、夫や子供、私を受け入れてくれた義理の家族、私に関わってくれた全ての人たち、ブログの彼のおかげです。

 

彼らがいなければ、私は今も”永遠に繰り返す地獄の1日”を過ごしていたはずです。

 

そう考えるととても怖いし、同時に私は計り知れない恩を彼らから受けたのだと感じます。

その恩は、恩を受けた人全員に返しきれるものではありません。

私は、彼らから受けた恩を次の誰かに送りたいのです。

私の理念と目指す未来

私は長い間、子としても親としても悩んできました。

その中で見えてきたのは、

「母親に愛さえあれば子育てはすべてうまくいくはず」

「母親に愛があれば自分のことなんか後回しでも平気だろう」


という母親観が子育てをするお母さんを追い込んでいるということです。

 

愛があっても間違うのが人間ですし、自分のことを後回しにし続ければ心が悲鳴を上げるのが人間です。

愛さえあれば子育てが全部うまくいくのなら、誰も苦労はしないのです。

お母さんに子どもへの愛がないことが問題なのではなく、お母さんが子どもへの愛をまっすぐ伝えられない状態であることが問題なのです。

お母さん自身が満たされていれば、子どもに愛をまっすぐ伝えることができるのです。

 

お母さんに必要なのは、自分自身を満たすことです。

私は、これまでひたすら自分を満たす方法を模索して、体系化してきました。

私はその知識を使うことで、今現在育児ストレスに悩み、
「自分には愛がないのでは?」
「自分はダメな母親なんだ。」
と自分を責めているお母さんの役に立ちたいと思っています。

 

子としても親としても悩んできた私は、社会から少しでも親と子の不幸な関係をなくしていきたい。

そのために、自己犠牲を美徳とする社会の母親観を変えていきたい。

「母親に愛さえあれば子育てはすべてうまくいくはず」という母性愛万能神話をなくしたい。

 

そしてそれは、育児ストレスのない満たされたお母さんを増やすことで実現することができると私は信じています。

 

最後に

長々とした私の半世紀をここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます。

必要最小限の要素で書いたつもりですが、こんなに長くなってしまいました。

 

プロフィールを読んでいただいた方に分かっておいて欲しい事が1つあります。

それは、私はこのプロフィールを書くことで
「自分は親との関係における被害者だ。」
「私の両親の子育ては間違っている。」
ということを言いたいわけではないということです。

私の両親はできる範囲で最大限の子育てをした。
でも、その中には私が「辛い」と感じるものもあった。
それは、誰のせいでもありませんし、誰にもどうしようもないことです。

 

あの家に生まれてよかった。

そう思えるようになるまで十数年かかりましたが、今は心からそう思っています。

 

WEll MOTHER のこのロゴは父に描いてもらいました。

 

このプロフィールを読んで、私の目指す未来に共感して頂いた方は、是非私に会いに来てください!

色々な機会を作ってお待ちしています。

 

最後まで読んで頂いて、ありがとうございました。